Real

 02

 どうして、こんな風になってしまったのだろう。

 数日前まで、俺の人生は確かに順風満帆だったのに……。

 そうあの日、久しぶりに司に会った日から、俺の歯車は少しづつ狂い始めた気がした。

 ◇

 この春、俺は晴れて希望する大学に入学した。

 中学、高校時代は、ほぼ部活と試験勉強に明け暮れて、それはそれで楽しくはあったが、先輩後輩の上下関係やら、厳しい校則やら、いろいろ制限されるものも多かった。
 
 しかし大学はまるで別世界のように自由だった。

 もちろん、その分自己責任ってものが大きく振りかぶってはくるのだが、それはそれで覚悟さえできているなら、さほど恐れるものでもない。

 きっちりとやることをやってさえいれば、誰にも文句は言われないのだ。

 俺はこの上なく大学生活を楽しんだ。バイトに勉強、友達も沢山できた。
 そして、彼女も……。

 毎日が楽しくてしょうがなくて、バイトと授業以外はほぼ遊びまくっていた。
 
 就活なんかもあるけれど、あと4年、俺はこの素晴らしい学生生活を謳歌できるのだとずっと思っていた。

 ◇

 せっかくの週末だというのに、俺は久しぶりに家に早く帰ることになった。

「もう、そんなに拗ねないでよ」

 運転席に座る彼女が困った様に話し掛ける。

「だって、せっかく芽衣さんの為にバイトも休んだのに」

「だから、悪かったって何度も謝ったでしょ。急に実家に戻らなきゃならなくなったのよ。あたしも口煩い両親と一緒にいるより、隆一と一緒にいたいに決まってるでしょ。今晩だって楽しみにしてたのに」

 約束を破られたことは腹が立つが、一緒にいたいと言われて嬉しかった。

 まったく単純なものだと自分でも呆れる。
 それでも、俺はこの四つも年上の恋人に夢中だった。

「じゃあ今度、ちゃんと埋め合わせしてくれる?」

「もちろんよ。あれだったら、今度の連休、旅行でもしようか?」

「ホント、マジ!! 行く行く。芽衣さんとならどこだって。そんで、一日中ベッドの中でイチャイチャする!!」

「もう、いやよ。そんなの勿体無い。ベッドでいちゃつくなんていつでもできるじゃない。ホント隆一はガツガツしてるんだから」

 いつでもなんていいながら、一度もやらしてくれないくせに……。

 それに俺ってば十代なんだからずっと一緒にいたいと思って当たり前だって。
 でも、ガツガツってそれはなんでも言い過ぎじゃないですか?

「ガツガツしてる俺は嫌い?」

 四才の差はやはりコンプレックスで。ほんの些細な言葉が俺の自信を砕くのだ。

「あんまりしつこいのは嫌よ。でも、求められるのは嫌いじゃいわ」

 絶妙なアメと鞭を使い分ける彼女に俺はいつも頭が上がらない。

「そんな意地悪で甘い芽衣さんが大好き」

 彼女はクスクスと笑った。

「なによ。隆一は本当にストレートよね」

「だって俺、経験値なんてないからさ、これしか取り柄ねーもん」

「私も真直ぐで懐っこい隆一が好きよ」

 ゆっくりと車が止まって、キスを交わす。
 これでしばらくは会えなくなるって思うと、口づけも執拗になった。
 名残りおしくいつまでもこうしておきたいけれど、彼女の方から離された。

「続きはまた今度ね」

 車から降りても、すぐに家には戻らないで、彼女の車を見送った。

 彼女の車が視野から消えると、ようやく俺は家に入ろうと踵を返す。

 突然、目を開けられないほどの眩しい光が当てられた。

「こんな道ばたで、堂々とイチャついてんじゃねーよ」

 怒鳴り声にも近い苛立った声。
 薄らと輪郭がくっきりしたのは、バイクに乗った男のシルエット。

 俺は心臓がきゅーっと収縮するように感じた。

 どこかの不良に因縁を付けられているのだと思った。

 そのシルエットは自分より遥かに体格のいい男だった。勝てるとはとても思えない。だが家に逃げ込むには男の横を通るしかなかった。

「なんだよ、その顏。もしかして俺のことビビってるわけ?」

 嘲笑うような声だった。
 だが、この声には聞き覚えがあった。

「まさか、俺の顔を忘れたわけじゃないだろ?」 

 それは久しく聞いていなかった弟のものだった。


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