Real

 03

「司……」

 胸を撫で下ろすのと同時に、苦々しい後味の悪いような気持ちになった。

 一番見られたくない相手に、彼女とのキスを見られて、酷く罰が悪かった。

「別に俺が誰となにしようが、お前には関係ないだろ」

 バイクのエンジン音が消えると同時にライトの光も消えた。

 バイクから降りてきた司は、俺よりも頭ひとつ分ほど高い。

「関係ないだって……俺の時には散々お偉い説教してくれたくせに、自分は関係ないってか?」

 それは鋭いナイフとなって俺の古傷を抉る。

「当たり前だろ。俺とお前じゃ全然違うじゃないか」

 暗闇でも司の瞳がギロリと光った。

「当たり前……ね。あんたの中では、未だに、俺は世間のゴミってわけ?」

「そんなことは言ってない。俺はお前のこと世間のゴミだなんて思ったことないよ。俺はただ、お前に普通になって欲しいだけだ。弟に真っ当な道を歩んで欲しいと思ってなにが悪い」

「普通? 普通ってなんだよ。数がお多けりゃ普通なのか。じゃあ少数のやつらは普通じゃないから切り離してもいいってか? そうゆう考えが傲慢なんだよ。てめーは、何様だ!? そんな上辺ッつらの綺麗ごとを並べてても、あんたの本心は分かっているんだぜ」

 司が俺を見る瞳は、冴え冴えとするほど冷たかった。

「俺はあんとき、あんたの言った言葉を一生忘れないよ」

 俺は……一体なにを司に言ったのだろう……。
 俺は酷く動揺していた。

「俺が……なにを言ったんだ?」

 それが司を酷く傷つけたのだろうというのはなんとなく感じていた。

 だが、俺には覚えがなかった。

 司はそんな俺を嘲るように鼻で笑う。

「やっぱり覚えてねーんだな」

「なんだよ。俺が何を言ったっていうんだ。俺がお前を傷つけるようなこと言ったなら謝る。だから、教えてくれないか……」

 突然、司の目尻が釣り上がった。射ぬくような鋭い目つきで俺を睨み付ける。

 胸ぐらを掴まれて、躯を釣り上げられた。

「そんな胸くそ悪い謝罪なんていらねーんだよ。あんたは俺に謝りたいわけじゃねーんだ。自分の犯した罪を軽くしたいだけだろ。そんな自分勝手な自己満足なんかに付き合ってられっかよ」

 司の瞳には憎しみがいっぱい詰まっていた。

 確かに最初に突き放してしまったのは、俺だった。

 それでも、たった一人の弟にこんなに憎しみを向けられているのが悲しかった。

「司……オレは……」

「喋るなっ! これ以上あんたから胸くそ悪い言葉を聞けば、理性が保てなくなる。俺に殴られたくねーなら、それ以上喋んじゃねーよ」

 そう怒鳴って、司は再びバイクに跨がった。

「いいか、二度と俺の前で、その自分勝手な正義を振り翳すなよ。次は容赦しねーからな」

 そう言い放って司はバイクでどこかに消えてしまった。

 俺は言い様のない寂寥感に包まれた。

 さっきまで彼女と一緒にいた楽しさも吹き飛んだ。

 司のことを思うと、俺はいつも苦々しい気持ちになる。

 いつ頃か、司は俺に反発するようになって、素行の悪い友達と連れ合うようになった。

 せっかく入った高校もほとんど行かず、仕舞には家に滅多に帰ってこなくなった。

 もともと仕事に忙しい両親は、子供に対して放任主義で、司のことに対しても、自己意識と自己責任の考えで、好きにさせていた。

 結局俺も、最初の頃は必死で司を説得したものの、口煩く言えば言うほど、司は離れていった。

 気がつくと司はほほんど家に帰ってこなくなっていて、俺と司との亀裂は容易に修復なんてできないほど深いものになっていたのだ。

 この頃を境にして、俺は司に説教をするのをやめた。

 だからと言って、諦めたわけじゃなかった。これもきっと反抗期で、いつかはきっと司だって俺の気持ちを分ってくれるだとうとそう思っていたからだ。

 しかし時間が立つにつれ、司への思いはだんだんと薄れて、たまに家にいてもあいさつひとつさえ交わさない弟を、俺は確かに持て余して、いつしか全く顧みなくなっていた。

 今日の再会は、そんな俺に思いっきり横っ面を張るような衝撃だった。

 そして俺は、知ったのだ。
 昔の自分が、司の心を深く傷つけたのだと言うことに……。

 そしてまだ、司の心の傷は癒えていないのだと……。


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