Real

 04

 それは、本当に偶然だった。

 その日、臨時収入が入ったのだと、彼女のおごりで鉄板焼きをご馳走になって、俺は舌もお腹も、かなり満足してた。

 そして、その後は彼女と甘い一時をなんて、俺は浮かれていた。

 その時、俺は世界一の幸せものだと思っていた。

 偶然、司を見るまでは。

 本当は俺だって、あんなことがあった後じゃあ、司を見かけたからって放っておきたいと思った。

 今までみたいに臭いものには蓋をして、見ないふりをすれば、面倒なことに巻き込まれないですむって。

 だから、最初に司を見つけた瞬間、俺は見なかったことにしようと思った。

 だけど……。

 無視をするには、それはあまりにも、鮮烈に俺の視界の中に入ってきた。

 いかにも素行の悪そうな少年が5.6人がいて、その中にいかにもサラリーマンというスーツをきた男が、少年に囲まれて土下座をさせられていた。

「お願いだ。助けてくれ……止めてくれ……」

 そう言って謝る男を、少年達は足蹴にしていた。

「そんな言葉で許されると思っているのか、おっさん!!」

 少年の一人が、そう怒鳴って容赦なく脇腹を蹴り上げる。

 男はゲボゲボと咳き込みながら、蹴られた腹を庇う。
 
 繁華街のその一角だけ、妙に浮いていた。道行く歩行者は、ちらりと一瞥して、避けるように足早に歩いて行く。

 その少年の中に司がいたのだ。

 最初は見間違いかと、思ったが間違いなく司だった。

「どうしたの隆一、すごく顔色悪いわよ」

 急に立ち止まった俺を、不安げな表情で芽衣さんが覗き込む。

 分っている。このまま見過ごして、見なかった振りをすればいいのだと。

 そう、これがまだ、ただ道ですれ違っただけなら、俺だって司の望みどおり放っておけた。

 だけど……。
 今、自分の目の前で行われているのは、どうみても犯罪だ。

 複数で一人の男に暴力を振るうなんて、理由がなんであれ、やっていいことのはずがない。

「これぐらいで、終わらせてやると思うなよ。ここじゃあ目立つしな」

 少年の一人が合図すると、男を立たせて両脇を抱えて移動をはじめる。

「やめろっ、やめてくれッ! 嫌だッ、助けてくれっ!!」

 叫ぶ男に、司が鳩尾に拳を入れた。男が静かになる。

「ねえ、隆一ってば!!」

 芽衣さんの声で、俺はハッと我に返る。

「ゴメンっ、芽衣さん。急用を思い出してさ。悪いけど今日は帰って、今度また絶対埋め合わせするから」

 思わず、俺はそう謝っていた。

「嘘っ、冗談じゃないわよ! 今日のこと凄く楽しみにしてたのよっ!!」

 彼女の怒りは尤もだ。

「ゴメン、本当にゴメンっ!! 今日だけ許して!!」

 言いながら、俺は駆け出していた。彼らの姿が見えなくなったからだ。

「馬鹿、隆一っ!! 覚えて起きなさいよっ!!」

「うん、本当にゴメン!!」

 そう叫んで、俺は司を追い掛けた。

 やっぱり、どれほど司に嫌われてても、あいつは俺にとって唯一の弟で、大切な存在だった。

 犯罪を起こそうとしているのに、見なかったことになんて出来るわけない。

 今、見なかったふりなんてすれば、きっと一生俺はこのことを後悔するし、司との仲も一生修復できないような気がした。

 俺は彼らの姿を追って、人通りのすくない路地へと入る。

 だが、彼らの姿は見当たらなかった。

 必死で走って捜していると、男の悲鳴らしきものが聞こえた。

 あっちだ。俺は声のした方へと走る。

 角を曲がったところで、彼らの姿を発見した。


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