Real

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「じゃあノートパソコン。薄くて軽いものならメーカーはどこでもいいよ」

 パソコンなら片手でも十分操作できるし、いい暇つぶしになる。

「俺、パソコンなんて全然わかんないぞ」

 俺は思わず苦笑する。隆一は昔から機械オンチだった。今でもそれは変わってないらしい。

 笑うなよと隆一は唇を尖らせて拗ねてみせた。

「店員に聞けば適当に選んでくれるよ。あと、ネットもできるように契約しといて」

 隆一は顔を顰めてメモを取る。

「まあ、いいか。分からないことは大和に聞こう」

 たぶん無意識に呟いたのだろう。だがその言葉が俺の胸の奥底を凍りつかせる。

 隆一の端々から感じる大和の存在。

 それがいつも俺を落ち着けなくする。
 
 昔と最も変わったのは、大和という存在。俺と隆一の間にはいつも大河のような大和という存在が横たわってる。

 それをとことん思い知らされたのは事故の後、数日してから大和が隆一と一緒に見舞いに訪れた時だった。

 尋ねてくるなり、大和はわざわざ隆一を院外のコンビニへとパシリに使って、俺と二人きりになったのだ。

「やっぱり、しぶとく生きてやがったな」

 大和の開閉一番の言葉がそれだった。
 まあ、大和が俺の心配などするはずもない事はわかっていたので驚くことでもない。

「俺が死ななくて残念か?」

 俺にとってもそうであるように、大和にとっても俺が目障りな存在である事は代わりない。大和にとっては俺が死んだ方が邪魔者が消えてありがたいはずだ。

「いや、生きててくれて助かった」

 しかし、大和が口にしたのは全く逆の言葉だった。

「今、お前に死なれたら隆一はお前を殺した罪悪感で一生自分を責め続けてただろうよ」

 俺は息を呑んだ。大和がそこまで隆一ことを考えているなんて思ってもいなかった。

 俺は大和という男を良く知っているつもりだ。傍若無人で刹那的快楽主義者、自分の懐に入った者には比較的甘いが、基本的に人にはあまり執着しない。

 俺と大和はどこか似ていた。大和に惹かれたのはそのせいかもしれない。

 だが、俺と大和との決定的違いは、俺には隆一という絶対的存在がいて、大和にはいなかった。

 昔は隆一のことでからかわれたりもしたが、まさか大和に隆一を奪われるなんて、あの頃には思いもしないことだった。

 今の瞬間が楽しければそれでいいと言っていた男と、目の前の男が同じ人物なんて、あまりにもシュール過ぎて笑えない冗談だ。

「どうだ? 久しぶりの兄弟ごっこは楽しいだろ」

 なにもかも、見通したような台詞だった。

「くだらない嫌味を言う為に 、隆一をわざわざパシリに使ったのかよ」

「そうだな、確かにまどろっこしいのは俺の趣味じゃない。単刀直入に言えば、今だけだ。入院している間だけ、隆一を貸してやる」

 無論、俺は大和の言葉に血が昇った。

「そんなことをお前に指図されるいわれはない」

 すっかり隆一を自分のモノ扱いをする大和がどうしても許せない。

 息巻く俺をフンと大和は鼻で笑った。

「何度も言わせるなよ。お前には隆一を所有する権利もそれに口出せる権利も自分で吐き捨てたってことをな。忘れているようだから教えてやる。隆一をボロボロのボロ雑巾にして、そのまま打ち捨てたのは誰でもねーお前だ。お前が隆一に関して意見出来ることなんて一欠片もねーんだよ」

 静かな怒りがその言葉には込められていた。それは殺意にも近いものだった。

 それは正しく大和の切札で、俺にはそれを切り返す手札はない。

「だが、隆一は俺を許してくれた。まだ俺は隆一の弟だ」

 すがりつくのは血の絆だけ、情けないが俺の手札はそれだけだ。

「司……てめー本気で、そんな寝言を言ってんじゃねーだろうな」

 それは地を這うような声だった。まるで野獣のような咆哮に、俺は動揺した。

「あれは許している訳じゃねー。お前に対する罪悪感と責任感で嫌な記憶を封印しているだけだ」

 何の反論も出来ない。大和の言ったことは真実だろう。

 自分の甘えを見透かされたことより、俺よりも隆一を理解している大和に敗北感を感じた。

「いいか、これ以上隆一に甘えるなよ。お前の役目は怪我を負った哀れな弟役だけだ」

 大和が俺を牽制していることは分かっているが、大和の俺の行く手を一つづつ潰して行くやり方に手も足もでない。

 悔しいが大和は俺よりもずっとやり手だ。

「今更、欲張るなよ。隆一をこれ以上傷つけるな」

 最後の一言は、俺が知っている大和とは思えないほど真摯なものだった。

 どうしてか、それは脅しでも駆け引きでもなく、大和の強い思いだと分かる。

 だからこそ、俺は心はざらりとした胸焼けにも似たような不快感に苛まれた。

 


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