試練

 02

「それはそうと、お前時間は大丈夫なのか?」

 時計を見ると、終業時間をずいぶんと過ぎている。

「すいません、もう行かないと」

 省吾を待たせるわけには行かなかった。

 真田と別れ、待ち合わせの駐車場へと急ぐ。省吾の車を見たとたん胸が弾んだ。

 傍に近づくと後部座席の扉が開けられる。

 奥行きのゆったりしたシートにその人はいた。

「すいません、お待たせしました」

 10日ぶりの省吾の姿に胸が高鳴る。スーツ姿の省吾はどこか近寄り難いほどの威圧感がある。

 もともと両親も資産家だったらしく、その振るまいは指の先まで優雅だ。

「いや、急な呼び出しだったからね。君が気にすることはない。さあ、乗りなさい」

 勧められて座席に座る。その座り心地は車上だとは思えないほどの気持ちよさだが、今の友里には省吾の一挙一動が気になってしょうがない。

「あの後、君を一人にしてすまなかったね。どうしても外せない用があってね」

 省吾が忙しいのは友里にも分っている。それでも、あの時は隣にいるのが省吾じゃないと知って、随分寂しかった。

「いえ……僕は、省吾さんがそうやって、気にしてくれるだけで嬉しいです」

 フッと省吾の表情に、やわかい笑みが浮かんだ。

「お前は、いつも可愛いことを言う」

 手を握られて、それだけでドキドキと鼓動が早くなる。

「あの、あと熱を出したらしいな」

 そう家に帰ってホッとしたから、次ぎの日、起きたら38度近くの熱を出した。

 真田が営業の間に見舞いに来てくれて、食料と薬の差し入れをしてくれた。

 もちろん、それを報告したのも真田なのだろう。

「あれぐらいで熱を出すなんて、恥ずかしいばかりです」

「お前の躯に大事がなくてよかったが、確かに友里は繊細すぎるきらいがあるな」

 省吾の指摘に友里は落ち込んだ。 
 
「すいません……」

 謝る以外の術を友里は思いつかなかった。

 男としても社会人としても、自分がどれほど気弱で惰弱なのかは嫌というほど知っていた。

 昔からそんな自分が嫌だった。何度も変えようと努力してみたが、どれも無駄に終わった。

「友里……自分を卑下するなど愚かなことだと、前にも言っただろう」

 強くはないが鋭い叱責だった。

「うちの役員達すら篭絡しておいて、まだ君は自分の価値が判らないのか。君は100万ドルの以上の宝石にもなるほどの原石なんだ」

 省吾の言うことはまったく友里には理解できなかった。

 たかが男娼のように男に抱かれるぐらいしか能のない自分に、そんな価値があるなんて、どうしても思えなかったのだ。

「まったく君って子は、どうしよもないね。そんな顔をするもんじゃないよ」

「すいません」
 
 つい口にしてしまった謝罪の言葉に、省吾は深い溜息をつく。

「まあいい。まだ君には超えなければならない課題があるということだ」

「……はい」

 省吾の期待に答えられない自分が情けなかった。

「さあ、反省会はこれで終わりにしよう。今日は遅くなったがこの間のご褒美だ。存分に旨いものを食わせてやろう」

「ありがとうございます」

 少しだけ気持ちは浮上したものの、友里としてはおいしいご飯よりもずっと省吾自身が欲しいと思った。

 もちろん口にすることはできないけれど。

「友里」

 名前を呼ばれ、俯いた顔を上げた。

 すると軽く顎を掴まれて、省吾の顔がゆっくりと近づく。

 突然の口づけだったが、省吾の与えるそれは濃厚で、友里の思考さえ奪っていく。

 舌が絡み、どちらともつかない唾液で溢れる。

 温かな粘膜どうしが絡み合うその行為が、こんなにも気持ち悦いことも、友里は省吾から教わった。

 口唇を離される頃には、友里の躯は力が入らないほどに酔わされていた。

 省吾のハンカチーフが口元を拭う。

「今夜は食事をするぐらいの時間しかないからね、これで我慢しなさい」

 友里の心の欲望を、省吾に知られていたのだと知って友里は思わず顔を赤くした。

 



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