Life

 02

 温めて皿に盛るだけでも有り難かった。

「うん、キンキの煮付けだって。あと筑前煮とほうれん草のごま和え」

「それは美味しそうだ」

「ご飯にする? それともビールがいい?」

「そうだな……やっぱりビールを少しだけ貰うかな」

 一緒にご飯を食べて、なにげない会話をする。それだけでも幸福を感じていた。

 泰典はずっと忘れていたが、昔はこんな風に温かな家庭を作りたいと思っていたのだ。それを思い出した。

「じゃあ、小さい缶のビールにするね」

「ビールぐらい、私が用意するよ」

 椅子から立ち上がろうとする泰典を、彬也が制止する。

「いいからお父さんは座ってて、これぐらい僕にさせてよ」

「前も言ったが、もう家事も手伝わなくてもいいんだぞ。私はお前のことを息子のように思っているんだから」

「ううん、これは僕がやりたいんだ。お父さんは働いて疲れて帰ってきたんだから、ゆっくり休んでほしいんだよ」

「そうか。じゃあ彬也の言葉に甘えさせて貰おうかな」
 
 彬也の気遣いが嬉しくて、思わず顔が緩んでしまう。

 だが、彬也は急に困ったように俯いた。

「どうしたんだ彬也?」

 不自然な彬也の行動に、泰典が問いかける。

「ううん、なんでもない。それよりビールすぐ出すね」

 そう言って彬也は逃げるように慌てて冷蔵庫に向かう。
 やはりどこか不自然な彬也の様子に泰典は首を傾げた。

 確かに彬也との生活は上手くいっているはずなのに、こうやって時々違和感を感じるのだ。

 それはどれも些細なものなのだが、なぜか気になってしまう。

 そして今日の夕食では、彬也はやたらと饒舌だった。

「それでね、先生って頭に眼鏡を掛けてるのに、教卓の上で眼鏡を探してて、皆爆笑だったんだよ」

 泰典は彬也の話を時折、そうかと相づちを打ちがなら聞いている。

「えっと、えっ〜と。あのね、そうそう、この間町田くんが旅行に行くから猫を友達に預かって貰おうとしたら、急に逃げちゃったんだって、それから一時間も町中猫を追いかけてたんだって、すごく大変だったんだって……」

 そうやって矢継ぎ早に話していたかと思うと、急に口をつぐむ。どうやら彬也は沈黙を恐れて無理して話しているようだった。

「彬也、別に無理して話をしなくってもいいんだぞ。お父さんに気を使うことないんだから」

「僕、別に気を使ってるわけじゃないよ」

 そう言うが、泰典には彬也が過剰に意識しているように思えてしょうがなかった。

 それにここ最近、彬也はどうも情緒不安定な感じだった。

「彬也、私と食事するのが気まずいなら、先に食べていてもいいんだよ」

「ちがっ、僕、お父さんと一緒にご飯を食べくないわけじゃない!」

 思いのほか大きな声に泰典は目を見開く。
 しかし、彬也も自分の出した声に驚いているようだった。

「あ、あの僕……ごめんなさい。でも、本当に僕、お父さんと一緒にいたいから……」

 口ごもりながら彬也の顔がみるみる赤くなっていく。  

「顔が赤いが、熱でもあるのか?」

 泰典は彬也の額に手を伸ばした。

 額に触れた瞬間、彬也の躯が一瞬震えた。

「ひっ……」

 小さな悲鳴を上げて、泰典の手をはたき落とす。

 パチンと音を立てて、泰典の手は弾かれた。

「あっ……あの、ぼ、僕っ……僕っ……」

 彬也の大きな瞳が潤みだし、それはたちまち淵に雫を作る。

 それはぽろぽろと頬を伝い床を濡らした。

「彬也……」

 泰典は彬也の泣いた理由が分からずにただ混乱するばかりだった。


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