Real

 12

「だからだよ……俺だって兄さんに心配なんてかけたくない……」

「馬鹿だな、俺にとってはお前が俺に隠れて落ち込んでいる方が、よほど心配だよ。お前は必死に隠してるみたいだけどな。お前が辛そうに悩んでいることなんてずっと前からお見通しなんだよ。何年お前の兄貴をやっていると思っているんだ」

「兄さん……」

 司の瞳が揺らぐ。

 きっとなにか一人で抱え込んで、ずっと思い悩んでいたのだろう。

「なにがあっても俺はお前の味方だよ……」

「兄さん……俺……怖いんだ。俺きっとおかしいんだよ……」

 司の薄茶色の瞳から涙が溢れた。

「大丈夫……司はおかしくないよ。お前は俺の自慢の弟だからな……」

 俺は慰めるように、司の頭を撫でてやった。

「きっと、兄さんに嫌われる……」

 一体なにが司をそんなに怯えさせるのだろう。

「俺がお前を嫌ったりするはずないだろう……」

「本当に? 本当に、俺のこと嫌わない?」

 不安げな瞳が、縋るように俺を見つめる。

「ああ、絶対。お前のことを嫌ったりするはずないだろ」

 それがなんであれ、こんなに怯える司を見るのは初めてで、俺はなにがなんでも弟を守ってやりたいと心から思っていた。

 しかし……司の口から出た言葉は、俺のまったく予想もしていないことだった。

「俺……男の人が好きかもしれない……」

 突然の告白に、俺は頭が真っ白になった。

 司が不安そうな瞳で俺を見つめる。
 
 きっと司は、俺に肯定して欲しいのだろう。だが……だけど、俺は……。

「なにを言ってるんだ司……そんなの、きっと錯覚だよ。かっこいい男にはみな憧れたりするだろ、それと同じだって」

 俺はとっさにそう言っていた。
 弟が男を好きになるなんて、そんなことは俺の中で認められなかったのだ。

「錯覚なんかじゃないよ。その人のことを考えるだけで、胸が苦しくて堪らないんだ。触れたいし、抱き締めたいし、キスもしたい……ううん、その先のことだって……」

 弟が知らない男と抱き合っているのを想像しただけで、肌が粟立つほどの怖気を感じた。

「やめろよ、気持ち悪いっ! 男同士で……なんて不毛だろ。自然の摂理から反した行為じゃないか。悪いことは言わない、そんな男に恋するなんてやめろ」

 司の表情がどんどん青ざめていくのは分っていた。それでも、俺は言葉を止められなかった。

「どうして……男も、女も、好きだっていう気持ちは一緒だよ。どうして相手が男ってだけで、そんなに否定するんだよ!」

 今まで一度だって反抗らしきものなんてしたことのない司が初めて俺に向けて怒鳴った。

 ショックだった。
 頭の中が真っ白になって……気がつくと俺は口にしていた。

「男が好きだなんて……オレの弟じゃない……」

 そう言った瞬間の司の傷ついた表情は、まるで絶望を貼りつけたようだった。

 言った俺自身も傷ついた。司を深く傷つけたことに……。

 酷く後悔した。
 こんな風に司を傷つけたかったわけじゃない。

 だが、俺は自分の言ったことを取り消したりはしなかった。

 司は俯いて、躯を震わせていた。

 罪悪感で胸が痛かった。

 突然、司は背を向けて俺も前から逃げて行く。
 追わなくてはと思うのに、俺の足はピクリとも動かなかった。

 俺は、こんなに司を傷つけたというのに、自分が正しいと信じていたのだ。

 そうか……思い出した。
 
 俺が司に言った言葉。

 どうして今まで忘れていたんだろう。
 司を傷つけた、あの表情を……。

 ごめん……司……ごめん……。


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