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Real 48 この扉の向こうに隆一がいるのだと思うと、居ても立ってもいられない気持ちだった。 インターホンを押す指が微かに震えていた。 何度も足を運んだ大和の家に、来るだけでこんなに緊張するのは初めてだ。 『なんだ?』 スピーカーから聞き慣れた声が聞こえた。 「用件はわかってんだろ」 カメラの向こうの大和を睨み付ける。 『入れ』 それは思ってもないほどあっさりとした了承だった。 マンションの自動ドアが開く。 これからが本当の戦だ。 俺は気を引き締めて扉を潜った。 2818のナンバープレートの扉の前に立つ。 玄関の扉に鍵は掛かっていなかった。それは昔と同じで、まさか今も鍵を掛けていないとは思っていなかった。 廊下を通ってリビングに抜けた先のソファーに大和はいた。 「よう、久しぶりだな」 まるで昨日別れた友人にでもするような、そんな気軽な挨拶だった。 「隆一を返してくれ」 挨拶すらとばして、俺は単刀直入に言った。 まるで相手にもされていないような気がした。 「随分おもしろいことを言ってくれるじゃないか。返すだって? 隆一はもう俺のもんだ。わかったらとっとと帰りな」 そこに座っているだけなのに大層な迫力だった。 猛禽類のような鋭い眼差しを向けられる。 だが、俺だってこんなことぐらいで怯むわけにもいかない。 「人の兄貴を勝手に自分のものにするなよ」 それを聞いた大和は鼻で笑うと、嘲るように片側の口角だけをクッと上げた。 「兄貴? まだ隆一を兄だという資格がお前にあると思ってんのか? 先に隆一を切り捨てたのはお前だ。それも尤も残酷な形でだ」 ざっくりと鋭利な刃物で胸を突き刺されるようだった。 「お前はもう忘れてしまったのか? いや、忘れるわけねーよな。自分がどれほど汚い手で兄貴を裏切ったのか。自分がどれほど勝手なエゴを隆一に押し付けて貶めたか。それが、どれほど隆一を苦しめたのか、お前は知っているのか?」 大和の口述は巧妙だった。やつは相手の弱味を最大に生かす術を知っている。 それがやつなりの戦略なのだ。 知っていても、大和から放たれる言葉は、ザクザクと何度も俺の心臓にナイフを突き刺していた。 ドロドロとした黒い血が流れ出して止まらない。 「お前は自分が救われたいとういう思いだけで、純真な隆一の心も躯も犯して壊したんだ。その後の隆一はまるで生きる屍同然だったんだぜ」 自分の罪の重さに。 「いいか司、今さら遅いんだよ。お前は自分の手で隆一の弟の地位を破り捨てたんだ。それをまた自分の都合で隆一と寄りを戻そうなんて、勝手過ぎんだよ」 目の前の男は、容赦なく断罪し責め立てる。 「隆一はようやく傷が塞がって、立ち直り始めてんだ。今てめぇーが隆一の前に現われるってことは、その傷を再び抉ってまた血を流すってことだ。そんなことはこの俺が許さん」 今すぐここから逃げ出したかった。 それでもかろうじて堪えたのは、ここから逃げ出したら、それこそ自分がもう二度と立ち直れないことをどこか本能で嗅ぎとっていたことと、目の前の男への理屈でない嫉妬のせいだった。 「寄りを戻したい訳じゃない。俺だって自分がどれほど酷いやり方で隆一を傷つけたかは分っているつもりだ。ただ自分なりのケジメをつけたいだけだ」 フンと大和は鼻で笑った。 「ケジメ……ねぇ、まさか今さらカムアウトでもするつもりか?」 「っ……」 嘲笑するような大和の笑みに、思わず声にしてしまったことを後悔したが、もう遅かった。 「笑わせる。てめぇーはどれだけ自分勝手なんだ。確かに、断られてもお前はすっきりするよな。隆一は優しいしお前に同情してくれるだろう。それで、隆一はお前の気持ちに答えられない自分をずっと後悔して生きてくんだろうよ」 隆一の気持ち……。 いや、きっと無意識のうちに都合のいいように想像していただけだ。
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