Real

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 震える指をどうにか抑え込む。

 兄が…隆一が、俺を嫌っていなかったと知れただけで、ずっと突かえていた胸の苦しみがすっと溶けていくようだった。

 長きに渡ってそれは俺を苦しめていた。

 愛しているからこそ、もう永遠に隆一の愛が得られないのだと知った瞬間、全てのことに絶望した。

 それが苦しくて……苦しくて……。

 愛してくれない隆一に憎悪を感じた。

 あれほど憎いと思っていたのに。

 憎しみは春を迎えた雪のように解けてしまった。

 そして後に残ったは、切ないほどの恋心。

 最悪なのは、それが隆一にとって重荷でしかないことだ。

 隆一が幸せになってくれればそれでいい。

 本心でそう思ってる。

 ……それなのに。

 このえぐるような胸の苦しみが……痛みが……今すぐ、隆一の後を追って捕まえたいと訴える。

 最後に見せた兄の表情が忘れられない。

 俺と同じように傷ついた顔。

 どうしてそんな顔をするんだ。まるで、俺から離れたくはないというような……。

 いや、そうじゃない。
 隆一は弟が自分から離れていくことが寂しいだけだ。

 分かってる……分かってるんだ。

 だが……。

 そう、この恋心だけはまだ当分手放すことは出来ないだろう。

 この胸の痛みと共に────。

   ***

 どれぐらいそうしていたのかわかからなかった。

「おい、あんまり遅いから迎えに来たぞ」

 声がしてようやく自分がここにいることを思い出す。
 
 真っ暗な部屋に光に光が差して、大和のシルエットが見えた。

「お前の家は、もうココじゃないだろう」

 まるで擦れたガラスのように思考がぼんやりしていた。

 酷く何もかもが面倒でどうでもいい感じだ。

「俺と約束しただろう?」

 俺は大和と交わした約束を思い出した。

「ゴメン…俺……」

 大和が現れるまですっかり約束のことなど忘れていた。

「帰るぞ」

 大和がメットを放り投げる。俺はそれを受け取った。

 そうだ。俺はもう大和の手を取ったんだ。

 司には司の人生があるように、俺もまた自分の人生がある。

 一度溢れてまった水が戻らないのと一緒で、二人の関係か元に戻ることは決してないのだ。

 大和のバイクに乗って、その背中にしがみつく。大和から感じる体温がやけに温かくて心地がよかった。

 いつかはひとり立ちしなければならないのだ。それが少しばかり早まっただけだ。

 そう思うのに、ココロをじくじくと寂寥感が蝕んでいく。

 この痛みも、いつかは消えて無くなるのだろうか?

 そうであればいいと、俺はじっと噛みしめるしかなかった。

 


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