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Real 62 こんなに緊張して大和の家に帰るのは初めてだった。 裏切り者には容赦がない大和。また同じことをされても俺には逃げる術もないだろう。 それでも、俺は大和から逃げたくなかった。散々自分の気持ちから逃げてきたからもう逃げたくないのだ。 扉の前で覚悟を決めて鍵を開ける。ゆっくりと扉を開いて、絶句する。 「大和────」 玄関の前で大和が待っていた。 「随分、遅い帰りだな」 目の前の大和は怒っているわけでもなく、だからといって普段通りの気安い感じでもなかった。どちらかというと淡々とした口調で、まるで事務的な感じで話しかけられた。 「ああ、約束してた和食を作れなくってごめん」 俺も何事もないように普通に話す。 「買い物もしてないんだな」 言いながら大和は背を向けてリビングへと向かう。俺もそれに着いていく。 「そうだな、今日はもうそれどころじゃなかったから」 大和がソファーに座るのを俺は立ったままで見ていた。 「ああ、くそっ、負けちまったっ!!」 突然、大和が叫んだ。 「俺が賭けに負けるなんて滅多にないんだぞ!!」 大和の言葉で、彼が何を言っているのかようやく理解した。 「やっぱ、カッコなんかつけずに、ずっと隆一を監禁しときゃよかったな」 俺は何も言えずにいた。いや、何を話したらいいかさえ浮かばなかった。 「ってかさ。何で一人で戻ってきたの? 俺はがまた監禁するとか思わなかったのかよ?」 呆れたように大和は聞いた。 「約束……しただろ。帰ってくるって」 大和がいきなり俺の腕を掴んだ。瞬間にソファーに押し倒される。 「わかってんのかよ、俺がその気になったら隆一なんて速攻レイプして拘束して監禁して精神壊すまで犯し続けることだってできんだぞ」 大和の目は真剣だった。いつもは本気か冗談かわからないところの多い男だったが、今はその言葉が冗談じゃないことは分かる。 「そうだな。お前がそれをできることは良く知ってるよ」 俺は首を振る。 「いや、そんな自己犠牲をするつもりなんかないよ。でもお前にはちゃんと俺の出した答えを聞く権利があると思ったんだ。いつの間にはお前の隣にいることが居心地がよくなって、このままズルズルこのままでもいいかと思ってた。……だけど、今日司と会って良く分かった。やっぱり俺は司じゃないとダメみたいだ。あれだけ大和に甘えておいて今さらだけど、俺は大和を選べない」 俺ははっきりと言った。そう、たぶん俺は大和と交わした約束よりも、この言葉を言いにここに来たのだ。 大和の瞳が少しだけ見開いた。 そして、俺は唖然とする。 眉根に深い皺を作って、この男でもこんな辛そうな表情をするなんて思ってもいなかった。 大和…と口にする前に、ギュッと抱きしめられていた。 「クソッ……」 大和は小さな声で、そう罵った。 「なんで司なんだよ。あんなヤツより俺の方がずっと良い男だろうが」 あれほど無茶苦茶で、強引で、激しくて破天荒なこの男が、どうしてなのか自分なんかを愛してくれていたのだと、今更ながら実感する。 「それでも……俺は司しかいらないんだ」 だけど、俺はそんな残酷な言葉しか返せない。 「お前は本当に、怖いもの知らずだな」 大和は呆れるように笑った。 「いや、怖いよ…」 お前を傷つけるのが怖いし、辛い。 「いや、お前は強いよ。司なんかよりずっと……。だからこそ俺はお前が欲しかった」 大和がいたからこそ、俺は司に切り捨てられた時もどうにか立ち直ることができた。あの時、大和だけが俺を欲しいと言ってくれた。 「ありがとう……大和」 それは俺の本音だけど、言葉に出したのはたぶん自己満足だ。 「礼なんか言うな。さよならもだ。そんな言葉聞きたくもない」 だからこそ、そんな風に返されて当然だと思った。 「ああ、畜生っ! これ以上隆一といたら余計なことまで言ってしまいそうだ」 そう言って大和は体を離して立ち上がった。 「俺が帰ってくるまでに出ていけよ」 大和は革ジャンを羽織って部屋を出て行く。俺は後を追わなかった。 俺はもう一度、見えなくなった大和にありがとうと口にした。 そしてごめんなさいと。 だからだろう。あんなに怖いと思っていた大和のことが、いつの間にか怖くなくなっていた。 決して、俺たちは傷を舐め合っていたわけではない。いや、俺は別として大和はそんなものは求めていなかった。 俺は大きな穴を必死で埋めようとしたけれど、それがどれほど無駄な行為だったのか大和と一緒にいてよくわかった。結局人間なんて自分の本当の欲求を消すことなどできないのだ。それが叶うか叶わないに関わらずだ。 大和はただ自分の欲求に真っ直ぐだった。 許して欲しいなんて思わない。 バイクのエンジン音が遠のいていくのを聞きながら俺はそう思っていた。
あの大和が誘拐監禁してまで執着した隆一を手放すなんて思えない。 今にして考えると、俺にした忠告も俺への牽制だったとも考えられなくもない。 そう、ずっと違和感を感じていたのだ。 それほど本気だったと思うと、ゾッとした。 俺が思っている以上に、大和は隆一に執着している。 まさか…本当に、あの大和が隆一を好きだとか……。 冗談じゃない。俺は大和を相手に隆一を守れるか? 大和だろうが、誰だろうが、もう俺は隆一を手放すつもりなんてない。 だから、早く帰って来い。 そう願っていると、聞き馴染みのあるバイクのエンジン音が聞こえてきた。 やはり、そう簡単にいくはずがねーよな。 「おい、開けろ!」 呼び鈴すら鳴らさずに大和は言った。 俺は足を引きずりながら玄関へと向かう。 「あいつはまだ俺の家だよ」 その言葉で俺は青ざめる。 「まさか、また監禁するつもりじゃねーだろうな!!」 大和に掴みかかろうとしたが、素早くその手をはたかれる。 「勘違いするんじゃねーよ。今頃隆一は荷物をまとめてるところだ」 少しだけホッとしたが、まだ安心できるはずもない。 「いいか、隆一が許したって俺はお前があいつを傷つけたことを許したりはしねーからな」 心の底から這うような怒声だった。どうしようもなく燻る怒りが大和から湧き上がるようだった。 「わかってる。俺だって自分を許せない」 言葉が出なかった。図星だったからだ。 「いいか、二度目はねーぞ。もう一度お前が隆一を裏切ったら、あいつが泣いて叫ぼうとも俺のものにしてやるからな」 唖然とした。まさか、大和がこんなことを言うなんて思いもよらなかった。 「もう二度と俺は隆一を裏切らない、何があっても、絶対だ」 それだけ誓える。揺るがない信念だ。 「まあ、いい。しょうがねーから一発殴らせろ」 何が、いいで、何がしょうがねーんだと、思わず呆れる。 「最初はタイマンでボコってやろうかと思ってたんだけどな。お前、怪我してるし、そんなんでボコボコにしたら隆一に文句言われるからな」 ニヤリと笑って言いやがった。 まあ、しかし。一発殴られるぐらいで大和の気がすむというなら受けてやってもいい。 「わかった。好きにしろよ」 渾身の力を込めたストレートに思わず飛びすさりそうになるのをかろうじて堪える。腹筋の一点にこれでもかって力を入れたが、それでも一発でダウンしていた。 胃がひっくり返りそうなほどの強力な一発だった。 くそっ、テメー、一般人なら内臓破裂してんぞっ!! 「ハハハッ、一発でダウンかよ。情けねーな。入院で身体鈍ってんじゃねーの。やっぱ、こんな奴より俺の方がよっぽどいい男なのによ。お前の兄貴も見る目がねーな」 そう言い捨てて大和は出て行った。 俺は吐きそうになるのを必死で堪える。こんな玄関で流石に胃液をぶちまけるわけにはいかねー。そんな情けないこと隆一に知られたくない。その思いだけで必死に耐えた。 ようやく波を乗り越えて、ホッと一息ついた。 まあ、まだ未練たらたらって感じは否めなかったけどな。 だけど、大和にだって誰だって、隆一だけは譲れない。 だから……早く帰って来い。再び強く俺はそう願った。
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